【池川明 チャンネル】
第179号 池川先生が影響を受けた、ある産婦人科医の言葉 「死ぬ赤ちゃんは死ぬ」
《内 容》
(質問)
吉村正先生の
「死ぬ赤ちゃんは死ぬ、それは赤ちゃんの運命だ、私の責任ではない」
という言葉には、どんな意味がこめられているのでしょうか?
(池川先生)
ああ~、いや、これねえ「死ぬ子は死ぬ」ってねえ・・・、
いやいや、その子を助ける為に産婦人科をやってるんでしょ、
って思いましたよね、当時の私は、
無茶苦茶なことを言う人だなあ、って思いましたよ、産婦人科医でありながら・・・、
何てことを言うんだろう、みたいな・・・、
ところがねえ、
その半年後くらいにカンガルーケアってのを導入したんですよ、うちでね、
カンガルーケアってのは聞いたことはあるけど見たことはない、
やったこともないものを、やらなきゃいけないって時に、
赤ちゃんが死んじゃったらどうしよう!?
って思ったんですよね、
何かあったら私のせい?、みたいな、
その時に吉村先生の声が、
「死ぬ子は死ぬ」
ってのが響いてきた訳ですよ、
って事は、生きる子は生きるって事じゃないですか!、
じゃこれ、赤ちゃんに任せてみようかなって思ってやったら、
みんな元気なんですよ、
あ~、やっぱり、生きる子は生きるんだ、みたいな・・・、うん、
で、一つはねえ、
三宅先生っていう方がおられて、今はもうお亡くなりになっちゃったんですけど、
自殺する赤ちゃんの写真を出したんですね、
へその緒を三回巻いて亡くなった子がいて、
親子関係とか、夫婦関係とか、その家庭が産む環境でなかった中で妊娠して、
赤ちゃんはどうしても自殺したとしか思えない、
っていうケースを、
医療仲間だけですけどね、一般の人はいなかったですけど、
そこで(写真を)出した事があったんですよ、
「へえ~、死ぬ赤ちゃんがいるんだ」
ってのは、だから前に知ってたんですね、
だから、吉村先生が言った時に、
「あっ、死ぬ子は死ぬ」ってもしかしたらあるかも、
とは思ったんですね、初めて聞いた訳じゃなかったんで、
だけど普通は信じてないですよね、っていうかそう思わずにやってます、うん、
でも今はねえ、色々やってみると、
死ぬ子はやっぱり死ぬんだなあ、
生きる子は生きるんだなあ、
ってのは思いますね、やってるとね、
だけど、そういう事を考えたことが無い人からすると、
「死ぬ子は死ぬ」なんてトンでもない事だ、
って言うんですけど、
吉村先生も、子供に対する愛情はもの凄く大きかったし、
「死ぬ子は助けなきゃいけない」っていう先生も
愛情はイッパイあると思うんだけど、
愛情の表現の仕方がたぶん違うんだと思うんですね、
例えて言うと、
吉村先生は部屋を暗くしてお産をするんですよ、
それは赤ちゃんが「目が痛い、眩しい」って言うから、
赤ちゃんの為に暗くするんですよ、
で、一方「死ぬ子は死ぬ」なんて許せない人たちは、
電気を煌々とつけるんですよ、
赤ちゃんが目が痛かろうが、光を点けるんです、
痛いなんてことも大体知らないから、
で、なぜ光を点けるんですか?って言ったら、
早く異常を見つける為なんですよ、
で、早く異常を見つけて、
赤ちゃんが苦しければ助けてあげるっていう、
これも赤ちゃんに対する思いなんですね、
吉村先生も赤ちゃんに対する思い、
普通の先生も赤ちゃんに対する思いはあるんだけども、
やる形が全く真逆なんですよ、
光を暗くする、明るくする、
でもそれは、形が問題ではないんですよ、
赤ちゃんに対してどう向き合うか、っていう気持ちの方が大事で、
赤ちゃんの為をっていう気持ちであれば、
どちらでも良いんじゃないですか?、
っていう話なんですね、
だから、言葉尻をとらえてどうこうではなくて、
その裏にどういう思いがあってそういう事を言ってるんですか?、
って事の方が大事だと思う、
それを知ったうえで
吉村先生の「死ぬ子はしょうがない」ってのは、
もの凄い赤ちゃんに対して絶大な信頼感があるんですよ、
うん、この子はちゃんと生きる力を持っている、
だから、どんな事があってもちゃんと生きぬくんだ、っていう
信じる力があればこそ、そういう事が言えるんです、
一方、「死ぬ子は助けなきゃいけない」ってのは、
赤ちゃんが生きる力を持ってるとは信じてない訳ですよ、
私たちが何とかしなきゃこの子は助からない、
と思っているので手をかけてあげる、
っていう事なんですよ、
じゃ、どっちが赤ちゃんにとって良いかは判りません、
これは赤ちゃんに聞かないと、うん、
吉村先生の考えが良い子もいるだろうし、
そういう考えでない先生が大好きな子もいるだろうし、
人によって違うので、
良い悪いは、私たちが決めるんではなくて、
赤ちゃんが決めれば良いんですよね、うん、
だから吉村先生が良いな~って子がいれば、吉村先生のところでお産すれば良いし、
嫌だなって思えば、他でお産すれば良いだけの事なので、
そんなに取り立てて
あっちが良い、こっちが悪いって事ではなくて、
自分の生き方にあう、考え方にある方法を選べば良いんじゃないかな?っていう、
その選択肢の一つとしてね、良いんじゃないかな~と思います、はい、
(池川先生 第179号 おわり)